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ICタグが世界を変える。その現実的シナリオは?
いつも繰り返されてきたことだが、新技術が話題になると、しばらくは誤解も含んだ過剰な期待論と否定論が沸き立ってもうもうとしたホコリにまみれてしまう。そして事態が具体的に動き出すにつれてホコリが収まり、本来得るべき評価を受けるようになる。
RFID(Radio Frequency Identification)こと無線ICタグ(以下、タグ)についても同じことがいえて、つい先ごろまでは、国の内外を問わずいろいろな“ノイズ”が出ていたが、どうやらそれも消えつつある。いろいろな実証実験や実用化が動き出したからだ。そんなホコリを振り払って歩き出している研究者の一人、NECのRFID事業推進センター・マネージャの川村正夫に話を聞いてみた。
市場開発推進本部NECでは、2004年7月から、第三ソリューション営業事業本部に「RFIDソリューションビジネスセンター」(RFID-SBC)という組織を立ち上げ、いよいよ本格的なビジネス展開を開始した。川村の現職はR&D部門であるが、この前線部隊ができたことに伴い、一定期間RFID-SBCで事業展開に専念するという。すでに事業部を支援するため、事業部と共に数十社の企業などを回り、ヒアリングを兼ねてソリューション提案を繰り返す日々が続いている。
「少し前は、タグの持つ可能性を理解しているお客様は少なくて、バーコードの代替品程度に思われていました。非接触の識別・読み取り機能があることの便利さはわかっても、自社の商品に付けてもメリットがわからないという話が多かった。でも最近は、その理解が進んで、『これをどう使えばコストダウンになるか?』という相談を持ちかけられることも多くなってきました。商品に付けるばかりが用途でなく、機材・備品類の資産管理や工場の生産管理、工程管理にも使えるという話には興味を示してもらえるようになりました。当社は両方ともすでに実績もありますからね」
川村の話は実務的でわかりやすい。こちらも中堅企業の部長になって相談を持ちかけているような気になってくる。
「タグというと、食堂のトレーにつけるとか、入場券やマラソンのゼッケンに埋め込むといった話が主流でした。でもそのようなサービス分野だけでなく、もっと現実的なビジネス課題の解消に使われていくと見ています」
「現実的な課題の解消」になった例として川村が話したのは、ある小さな町の図書館の事例だった。
「図書館は年に何度か書庫の検査をするのですが、高いところに置いてある分厚い本を降ろしてチェックする作業が、女性司書には大変な負担でした。しかしタグを付けたことで、その作業がなくなり、『腰が痛まなくなった』と喜んでいただけました」という。なるほど。
「病院の例もありますよ。最近よく聞く医療ミスを防ぐためには、患者さんをちゃんと見分けて検査や投薬を正確に行わなくてはならないのです。そこで診察券代わりに、患者さんの指にはめてもらう指輪型のID-Ringを採用して、うまく管理することが可能になります」。なるほど。
ユビキタスメディカルシステムのRFIDリング
話はいくらでも出てくるが、「ノートPCの持ち出し管理にも‥‥」といいかけたところで、ストップしてもらった。今日は事例だけ聞きにきたのではない。課題のことも聞きたいのだ。
「そうなんですよ。タグの読み取り精度や認識可能距離、貼るモノとの相性、コスト、さらにはさまざまなアプリケーション特許との戦い‥‥等々。正直にいうとタグ導入の問題はヤマほどあります。だから、具体的なアイデアが出たところで必ず現場での実証実験をするようにしています。アンテナの角度が微妙に違っただけで電波の特性が変わって、読み取りエラーが起きてしまう。本に貼るにしても、タグを守るようなカバーを付けないと破損してしまうのです(図1)」
図1:RFIDの理想と現実
川村の話は率直でもある。
「NECのタグ事業は、まだそれほど世間に知られていないと思います。はでなデモンストレーションをしていないせいもありますが、最初から現実的なビジネス課題に目を向けているからでしょう」
「タグを使うこと自体は手段の一つですよ。一番大事なことはリアルタイムのデータ収集機能を業務にどう生かすかです。受発注やSCM、CRMなどの業務革新に繋いで経営効率を上げるところまで見えていないと意味がないですね」
「NECグループの強みというのは、タグそのものも作るけど、無線からインターネットまでの技術があり、データ処理やRFIDミドルウェアもある。もちろん基幹業務のソリューションもあることです。つまり、『ワンストップでやるからおまかせください』というスタンスなのです」
「でも、それではせっかく旬のネタであるタグを主役にしていないように思われる。商売的には上手いとはいえない(笑)。でも、これからは違いますよ。RFID-SBCが発足したのだから、タグの活用が業務プロセスの改革や経営課題の解決につながると、どんどんアピールしていかないと‥‥(図2)」
図2:RFID活用ソリューションの全体構成
「タグの普及には2つの指標があると思います。1つはタグのコストで、ひと桁下がるのにあと数年かかる。これは比較的安価な商品に付ける市場を開くでしょう。もう1つは投資対効果で、社内利用でノウハウを蓄積し、これはという重点顧客にノウハウを提供し実証実験を通してROIの有効性を実証するというようなシナリオが描けるかどうかでしょう。それには先ほど話したデータ活用面や現場でのタグ活用のノウハウが必要になります。これはITベンダーの責任です。他のソリューションと組み合わせた提案ができるように経験をつまなければならないと思っています」
決して能弁というのではないが、カンどころを抑えて話す。その意味では話がうまい。
川村の名刺をよく見ると「中小企業診断士、ITコーディネータ」とある。聞けば中堅企業の経営者と行う経営の勉強会に参加したり、業務に生かしてタグに関する講演に呼ばれたりしているという。ちょっとPRしてあげると、診断士仲間と書いた小売業向けの経営ノウハウ書もすでに4冊目、近著は『オンリーワン企業はここが違う』(経林書房)だそうだ。
川村ほか共著『オンリーワン企業はここが違う』(経林書房)
そんな川村に、「年配の社長たちには、RFIDをどう説明するの?」と聞いてみた。
「うちの製品だけじゃないけど、事例をたくさん挙げます。JRの改札カードや回転寿司のお皿、ゴルフ練習場でゴルフボールに入れた例とか。『皆さんの乗る高級自家用車のキーも、イモビライザーというタグの一種です』とやると、ウンウンとうなずいてもらえる(笑)」
コンサルタントの資格とタグのビジネスがどこでどう結びついているのだろう?「根は技術屋でメカ好き。だから新しい技術のこと、世間の一歩先を行くことに興味がある。でも、その技術も実際に使われなければおもしろくない。企業がITを導入するには、技術だけがものさしじゃないと思って、コンサルティングの資格を取ることにしたのです。経営プロセスに踏み込んだ話ができないと話を聞いてもらえないことが多いですからね‥‥」

川村はもともと“電波屋”だった。海底の地層探査などに用いるソナーの研究をしていたこともある。どこかで聞いた話だと思い出したら、以前にこのシリーズで「ITS研究者」として登場した雨宮秀樹と同じ職場にいたという。その後は、マルチメディアや、携帯電話の新しい活用なども手がけてきた。そして今はタグである。たしかに「世間の一歩先を行く」仕事だ。
しかし、技術屋はルーツで決まるところがある。タグも電波である。川村がタグに興味を引かれているのは、そんなところにもあるのかもしれない。
別の部署から聞いた話だが、NECはカスタマとのタグの実証実験では、現場の電波状態を調べるのに専門家チームを組んで徹底的にやっているという。“無線のNEC”のプライドを感じる話だ。それはともかくとして、川村に、そういう現場に立ち会った経験はあるかと聞いた。
「まだない。でも、きっとわくわくするでしょう」という。しかも「実は、中学生の頃、アマチュア無線にはまっていて、しばらくやらなかったのだけど、最近、失効したコールサインが再交付されるというのでまた始めました。ベランダに小さなアンテナ立てて‥‥」。ほらね、やっぱり。
“無線つながり”で、もう一つエピソードもばらしておこう。
川村は最近、自宅近くのローカルなFM局にゲストで招かれて生放送で商店街の活性化などの話をしたらしい。普通のビジネスマンがラジオに出演なんてことはめったにないから、「緊張した」のは当然だとしても、「奥さんも聞いてくれたの?」と聞いたのはまずかった。‥‥この先はちょっと書けない。ただ、「結婚する時、家事を半分やると約束したのにあまりしてこなかった。最近になって真面目にやってみると、食後の食器洗いや掃除・洗濯・アイロンがけが楽しくなってきた」という“美談”だけは書いておきたい。
それにしても、知らないうちに背広にタグをつけられるような日は迎えたくないと思うのだが、いかがだろう?ご同輩。
(なんだか、前回と同じようなトーンで終ってしまうのは、筆者にも何か問題があるんだな、きっと‥‥)
第14回 ライター:土屋晴仁(2005年5月31日)