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「ケータイがますます便利になる」というような話は、大方の人が聞き飽きていささか食傷気味ではないかと思う。だが、その進化が一体どこに行き着こうとしているのか、いや、どこに行くべきなのかを考えている人間達の話なら興味が沸くのではないだろうか?今回は、そうした「未来のコミュニケーション」をめぐるビジョナリーな話であるが、具体的なモノも見せられた。ケータイをトランシーバーや無線機のように使う機能に、画像などのマルチメディア機能が加わった「PushToX」という。説明してくれたのは、NEC知的資産R&Dユニット・ソリューション開発研究本部の2人である。
NEC 知的資産R&DユニットNTTドコモが2005年11月から発売した「902i」シリーズには、「プッシュトーク™」なる新たな機能が付いている。これは登録しているメンバ間で、専用ボタンを押すだけでグループ会話できるというもの。auも似たようなサービスを提供している。あたかもトランシーバーや業務用無線のように、通話ボタンを押して行う通信を「Push-to-Talk(略してPTT)」と言い、携帯網を使って広域で使えるものを「PoC(PTT over Cellular)」と言うらしい。このサービスは2002年頃から北米で人気を得ていることに目をつけて日本でも始まったものだ。これだけでも、「あぁまた"ケータイの進化"ってヤツか」といささか食傷気味な話なのだが、「このPoCでマルチメディアが使えるようにした」という話が聞こえてきた。そのネーミングは、「PushToX」だと言う。Xというのは正体不明というか「何でもあり」の意味だそうだ。名付け親であるソリューション開発研究本部ユビキタス基盤開発本部の小野芳浩と白木孝に話を聞きに行った。
2人は、「PushToX」の何たるかを説明するためのデモビデオを用意していた。それは、白木たち数人が横浜・中華街に三々五々と集まってうまいコース料理を食べるというストーリーに仕立ててあった。ただし、使っているのはPDA(携帯情報端末)であって、そんな携帯電話はまだない。以下は、デモに即した白木の説明。
「仲間たちが、別々の場所から、連絡を取り合って集まります。後で参加するメンバーのために、食べた料理の写真なども撮って送れます。この『PushToX』は、通話やブラウジング、画像送受信だけでなく、ホワイトボード機能もあるので、撮った画像に『これはオススメ』とかの書き込みもできます。また、メンバー数に限定がなく、どのようにもグルーピングできます。それにサーバにログ(セッション中にやりとりされた画像や通話記録)が残せるので、どんな話題が出たかが把握できます」(デモ画面1,2)
デモ画面1:「デモビデオからのキャプチャ画像。3端末で画面を共有してセッション中」
デモ画面2:利用シーンイメージ~ホワイトボード共有画面
NEC 知的資産R&Dユニット楽しそうな状況で機能を説明するデモからは、「PushToX」の便利さが伝わる。だが、筆者はイマイチときめかないのだ。ケータイ世代が「ほら、こんなことも出来るんだよ」と見せびらかしているだけのような気もする。それにリアリティがない。「本当に、今のケータイでこれができるの?」と小野に聞いた。すると即座に「いや、無理です」と呆気ないくらい正直な答が返って来た。
「3G(第三世代)たとえばNTTドコモのFOMAの帯域ではまだ難しいですね。この程度の写真転送には30秒はかかります。2Mbpsくらいの帯域がほしい。だから一方でデータ圧縮を進めながら、他方で通信キャリアが広帯域のサービスを開始してくれるのを待つしかないです」
ということは、通信キャリアが4Gやその先を実現するまで、何年か待つのだろうか?
「いいえ。私達の『PushToX』研究は、マルチメディア利用のグループコミュニケーション技術だと考えていますから、ケータイの前に無線LAN環境で使い始めてもらえるだろうと考えています。たとえば空港の監視や整備、プラント建設、イベント会場などのように、切実なニーズがあってしかも一定の通信環境が整い、ネットにも繋がる現場ですね。特殊な例としてはクリーンルーム内外での作業現場なども考えられます。そうした現場でマルチメディアが使えたらどうなるかを考えたのです」
小野の話から少し分かってきたのは、「PushToX」は、"今日のケータイ"の話ではなく、"明日かあさってのケータイ"から描かれたビジョンだということだ。ひとくちに"ケータイの進化"といっても、進化は一本道を進むものではない。技術やサービスはさまざまな方向に枝葉を伸ばしながら進み、あるものは年々進化し、あるものは淘汰されていく。小野や白木にしてもこういうことはイヤというほど承知しているはずだ。たとえば小野はかつてNECのケータイ「N505i」搭載の機能として「シャベレベル®」というのを開発した経験がある。「これは自分の状況を仲間に知らせる事ができるiアプリで、登録した仲間が忙しいのか暇なのかが分かって、それに合わせてコミュニケーションするというプレゼンス機能です」(小野)。だが、そのiアプリは、「さっぱり売れなかった(笑)」。
どうやら小野や白木は、「ニーズ指向」とか「技術指向」とかで「PushToX」を開発したのではないようだ。「理念指向」というかビジョン・オリエンテッドなのだ。さらに言えば、これからの人々のグループコミュニケーションがどうなるかを、「PushToX」をタタキ台にして論じたいのだ。機能を見せびらかすだけの話ではない。そう理解して、やっと本当のおもしろさが見えてきた。
2人の話を筆者流に言い換えると、「PushToX」というのは、グループコミュニケーションというキャンバスに、ケータイという絵の具とマルチメディアという絵の具を使って描いた近未来図と言える。いや、もうひと色欠かせない絵の具もあるようだ。白木はそれを「モバイルビジネス」だと言う。
「ケータイが進化して、RFIDで決済機能を付けた"おさいふケータイ®"とか、クーポン利用できるプロモーション機能を持つ"トルカ"のようなものが出てきましたが、それはサービスに結びついています。一方、コミュニケーション面ではショートメールやTV電話のようなものが出ましたが『PushToX』もこの流れにあるし、SNS(Social Networking Service/Site)もそうですね。サービスとコミュニケーションの技術は、今のところ別々の軸で進化しているように見えますが、これらが相乗的に影響し、一体となるとモバイルビジネスの新領地が開拓されると見ています。サービスとコミュニケーションを融合させて、人々が便利さを享受し、楽しめるような場を作る…ということはスポンサーも付きやすい」

同じことを小野はこう言う。
「モバイルコミュニケーションの普及は、マルチモーダル(情報処理の複数様態)化を加速します。疎結合のコミュニケーションを密結合にし、非同期サービスを同期サービスに繋げる。別々のコンテキスト(文脈)に在ったものが混ざり合うコミュニケーションの場が生まれたら、いろんな技術シーズ、いろんなビジネスモデルが集まってきます。そしてたとえばそのログを解析することは極めて有効なマーケティングになります」

話が、「中華街でメシを食う」次元から離れ、「未来のコミュニケーションはこうなる」といった話題に転じたあたりから、やっとおもしろくなってきた。やはり2人とも本当に話したかったことはこういうテーマなのだ。次世代インターネット(Web2.0)を前提としてビジネスを考えているという白木は、「インターネットで、通信技術の様々なパラダイムが既に変わったと思う。その革新から生まれた検索エンジンの『Google』は情報収集技術だけでなく、知の体系まで変えつつある過渡期だと思う。僕らより若い世代は、何かを調べる前提として『ググる(Googleする)』と言いますから発想から違う。その変化が、人々の通信の"作法"やビジネスモデルの作り方にまで及ぶのは自然なことだと思います」と言う。
小野の話もおもしろかった。コミュニケーションにこだわる問題意識は、意外な"トラウマ"に根ざしているというのだ。
「僕は子供の頃に"ひっこみ思案"だと言われていました。大学でギターの合奏サークルで指揮していた時も、メンバーから孤立するような体験をして、他人とコミュニケーションを取るのは難しいと思っていました。なぜ、仲良くなれる人となれない人ができるのかで悩んだりしたのです。今でもその延長で、民族問題はなぜ起きるか?科学技術で解決できることはないのか?なんて考えて、最近は『科学と宗教の統合』(ケン・ウィルバー)を読んだりしています」
そう言いながら、本業では調整役とも言えるスタッフ職も経験してきているし、この「PushToX」プロジェクトでもまとめ役兼スポークスマンを務めているのだからおかしい。一方の白木は数学屋で、「常に3手先を考えている」というタイプ。いつも新しい発想を求めて「あちこちに首を突っ込む"人間センサー"」を自認し、この数年は、シリコンバレー・ウォッチャーで経営コンサルタントの梅田望夫氏の「ブログや講演にはまっている」という。この2人だけでも十分個性的なのだが、彼らの7人のチームは、それに輪をかけたような個性の持ち主がそろっているらしい。「ブレストがいつも飛んで、話題が拡散してしまう」(白木)らしく、「たとえば、『スケジュールを立てるとはどういうことか?』を話していると、今週とか今月の予定の次元でなく、『20年後にこうありたいというイメージから逆算して考える方法もあるはずだ』というような議論になってしまう」のだそうだ。おもしろいではないか!
筆者は断じた。「PushToX」は仲間と中華街でメシを食うためのモノではない。グループコミュニケーションをもっと自由なパラダイムで考えてみよう、そこから世界を変える何かを見つけようという人のためのツールだ。そのプロトタイプが一般の人の目にふれるのは少し先かもしれないが、小野や白木たちのように、「PushToX」的発想(?)で仕事をしている人間はすでにいる。彼らが知的な揺さぶりをかけてくれることに期待したい。
【商標について】
※シャベレベル®はNECの登録商標です。
※プッシュトーク™は(株)NTTドコモが商標登録出願中です。
※トルカ®、iモード®、iアプリ®、FOMA®、おさいふケータイ®は(株)NTTドコモの登録商標です。
※Felica®はソニー(株)の登録商標です。
※Google®はGoogle Inc. の登録商標です。
第20回 ライター:土屋晴仁(2006年4月21日)